釣趣2  

 

釣趣を語るに、前回は、
パチンコ玉が狙い穴に入ったときの気持ちや、馬券が当たったときの興奮などを引き合いに出してお話しした。

しかし、すでに、お気づきだと思うが、釣趣には、静的なものもある。

なぁ〜んも釣れないでも、海辺に出て潮風のなかに静かに身を置くという楽しみもある。

環境や、釣り場の雰囲気を楽しむことも、釣趣の大切な要素。

 

》釣場で静かに魚信を待つ ⇒ 竿先に魚信が顕われ動的な興奮の世界に没入

静+動=釣趣  この一連の心の波動を楽しむ、

 

メダカを釣るのです。どう考えても動的な釣りじゃない。

メダカ釣りは、静の部分に大きく依存した釣り。

が、しかし、

実際にメダカを釣っている釣り人の側からすると、様相は違ってくる。

メダカが餌を咥えた瞬間、心臓がドドーンと太鼓を打つ。

竿を立ててメダカを宙に舞わせると、興奮は極みに達し、竿持つ手が震え、胴体がブルルンと武者震いする。

 

釣り人は、いつのまにか、鉢に泳ぐメダカを大魚同様に見ておって、自分が鉢の前に座っていることさえ忘れている。
身体はすでに大海原は釣り舟の上だ。

この釣りは、身体で釣るのじゃない。脳味噌で釣るわけだ。そりゃ錯覚の世界だなんて言わないでほしい。
形而上学的(精神的)な釣りだと言ってもらいたい。

メダカ鉢の前に車椅子を進め、メダカ竿を手にした途端、
もう老人
Aは血気盛んな釣り人Bになっていて、渓流の苔むした岩に、あるいは荒磯に上がっている。

メダカ釣りは、究極の釣り。釣趣横溢。

この意味、お解かりいただけたでしょうか。

???

あぁ、そう、わかりませんか。

あとはもう釣り人Cになって、実際に、メダカを釣ってみてもらうしかないなぁ〜。